2016年5月21日土曜日

2016年熊本地震で「あらためて」わかったこと

1 地震の概要

①4月14日21時26分 マグニチュード6.5 最大震度7:熊本県益城町
②4月16日  1時25分 マグニチュード7.3 最大震度7:熊本県西原村・益城町
            ↑ 1995兵庫県南部地震と同規模

2 筋かいの「バランス」の重要性

 2000(平成12)年の建築基準法令の改正で、木造住宅の「筋かい」をバランスよく入れて、地震に対して建物のある場所が強く、他の場所が弱い、という状態になることを避けるための規定(俗に「4分の1ルール」という)が設けられた(令46④→H12告示1352)。
 その理由は

 建物の強度にバランスを欠くと、地震時に「ゆがみ」が生じやすく、そのために変形の大きな場所が損壊しやすくなる。
 今回も①(前震)で、各図の左側のような片側(道路側)に壁がない商店が「前のめり」に崩壊していた。

【追記】
 昭和56年以後の、いわゆる「新耐震」基準による建物中に、この種の「釣り合い」を欠いた建物は、とくに「間取りを優先した」建物には多そうです。
 これまで、自治体などが補助金を出すなどして力を入れてきた耐震診断の対象は、昭和56年以前の「旧耐震基準」による建物だったのですが、今回の地震で問題が露呈している以上、少なことも「建物の外面のうち窓ばかりで壁がない面」がある建物については、「自腹を切ってでも」耐震診断を受けることをお奨めします。

【重要です】
3 建築基準法令の「耐震性」の意味を「正しく」知る必要がある

 建築基準法令の要求する「耐震性」は


  • 建物存続中1度か2度は遭遇する震度6弱程度までの地震については、主として骨組の分部分が「壊れない」ことを要求している
  • しかし、建物存続中遭遇するかどうかわからない震度6強・7という巨大地震については、「人が死んだり大けがをしないこと」を要求している
 つまり巨大地震のときには、「建物が壊れることがある」のを前提にする、というよりそれが原則といった方がよいので、その「壊れ方」をコントロールして、人が完全に建物の下敷きになったりしないようにしている。
 
 今回、地震①に遭遇した後、建物が一応建ってはいても、壁の裏側の柱や筋かいとか、天井裏の梁といった見えないところが「壊れていた」可能性があるし、むしろ逆に、壊れたことによって、建築基準法令の目的どおり、そこで地震①のエネルギーを吸収して、そのとき人の生命をまもったのかもしれない。

 しかし、法令の想定通りに建物の骨組みが機能した結果として一部が壊れた建物には、本来の耐震性はないので、地震②やその他の余震で崩壊・倒壊した建物が多かった(「そのまま建物を使い続けることができるか」をとりあえず調べるのが「応急危険度判定」だが、今回に限らず、当初は交通途絶で専門家が被災地に入れないし、入れても人数が足りない状態となるので、すぐの役には立たない)。

 したがって、指定避難場所すら同様だった可能性が高かったので、余震への恐怖から農業用ビニールハウスや車の中に退避した人たちの行動は正しかったことになる。
 
【追記】
*ビニールハウスなら、
  ・建物、というのは大げさですが、全体の重さが少ないうえ、
    グラスファイバーなどでできた線形の部材によるアーチ構造
    なので、倒壊する危険はかえって少ない
  ・万一倒壊しても、上記のように荷重が少ないので、下敷きになっ
   た人の命にかかわるような事態になる可能性が低い
 という意味で、「今回の地震に限っては」ですが、正解だったと思います
 (ただし、真冬、真夏でなかったのが幸運といえますが)

 しかし、この対応策、来るべき「第二関東地震」(要するに、関東大震災の「次」に来る東京など関東圏を襲う地震のことで「いつかはわからないが、いつか必ず起こる地震」として予め名前がついているのは、世界的にも珍しい地震なのだそうです)には通用しません
 そもそも、
 ・少なくとも23区とその周辺には、そのような地域はない。
 ・仮にビニールハウスのスペースだけはあっても、隣接する建物が倒壊しても安全な場所はさらに少ない
 ・広大な空き地があっても、近隣にJAの売店などがあるとは思えないこの地域では資材が簡単には入手できない。

  そのため、別の方策が必要なのですが、今回の事例をみると、的確な判断基準はみつかりません。

 ただし、最低限の安全策といえるのは、

  建物のある地域の震度(離れたところの震度・マグニチュードはこの場合意味がありません。最長でも数十分後には、少なくとも地元の自治体の役所・役場の場所での震度は放送かネットで確認可能です)が、震度6強、7クラスの場合は(家が、いわば「つぶれて」いなくても)

・家が「傾いている」また「どこかが壊れている」ときは
  必ず退避
かりにそうでなくても
・家が昭和56年以前に建築されていた場合
  必ず退避
・家が平成12年以前に建築されていた場合
  原則は、退避して応急判定を待つのが正しい
・家が平成12年以後に建築されていた場合
  この場合も、前記の耐震性の「理屈の上」では退避なのですが…
  地震後の避難所の混乱していそうな状況を想像すると、なかなか難しい判断です

  唯一言えるアドバイスとしては 
  「余震のとき、怖がってばかりいないで」
 たとえば、ダイニングテーブルの下に駆け込んで伏せているときであっても…
  「耳だけは研ぎ澄まして」
  家のあちらこちらで起こる音を冷静に観測することをお薦めします。

  バリバリ、ベキべキといった音が壁の中や天井裏からすれば、
  最初の地震で壊れた部位がさらに壊れ続けている可能性が高いので、
  その場合は、間違いなく「直ちに退避」です。
  (逆に「ギイギイ」という音は、不気味ではありますが、部材同士が「擦れ
  合って」出しているだけで、壊れている音でないことが多いようです。)
  
  「怖い」からといって、自分で観察したり考えるのを放棄するのは、
  ご自分自身だけのことで済むなら「いわば趣味の問題」ともいえますが、
  それでは、何よりも大切なはずの家族を護ることはできません。

結局のところ、地震に限らず、あらゆる危機的状況にあたって、重要なのは

 怯むな、闘え

との一言に尽きる。

 同時に、
 「怯むな」については、怖いのは怖いに決まっているのだが、単に「怯えて」いるだけの場合と、「何が起こるかもしれないので怖いのか」を理解しているのとでは、まるで「質」が違う話で、対応もまるで違ってくる。
 また「闘う」についても、そのノウハウを「日々の」とまでは言わない(筆者でも無理)が「折にふれて」の事前の収集を欠かさなければ、イザというとき無暗に慌てて、逆に危険な行動をとらずに済む。

 ありとあらゆるリスクを排除しようというのは絶対に不可能で、現実化する可能性のあるリスクがどのような範囲なのかをあらかじめ知っておく必要があるわけで、たとえば、各自治体はハザードマップの配布のほか、十分かどうかは別ですが、少なくとも当面起こるリスクの高い災害時の対応方法については、結構広報誌などで情報を出している、見出し位には目を通しておくべきで、そのまま古紙回収にまわすのは、一種の自爆行為ともいえる。

 そもそも、この日本列島は、世界の中でも、地学的・地勢的に「自然災害の博物館」みたいな地域である。

 そんなところに約1億人の人間が暮らしていて、それが過去の数多の自然災害で生き残った人たちの子孫だというのだから、冷静に考えれば、これは一種の「奇跡」で、逆にいえば、我々は「今までの運が良すぎた」ともいえる。

 客観的・究極的には、もともと「おテント様には逆らいようがない」わけで、これまでの「運がいつまで続くか」の保証はなく、「減災」は人知である程度までは可能としても、災害を「ゼロ」にするのは、まず絶対に不可能である。
 その中で、どう対処して行くかは、地震にせよ水害にせよ、その災害それ自体は凌いだとしても、それから救援が来るまでの数日間は個々人の知恵・才覚にかかっていること認識しておく必要があり、それだからこそ、今東京では「3日分の水と食料の備蓄」を提唱しているのである。

 

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