■8年ほど前…
さる方からうかがい、さらに詳しいお話をお願いしていたのですが、今日、調べられた結果をご披露いただきました。
厳密にはともかく、あらかた、この順番が、建物の「格」の上下を示しているようだ、とのこと。
院
音:イン
訓:かきね
意:囲いをめぐらした大きな建物
殿
音:デン
訓:との
意:高貴な人の住む建物
宮
音:キュウ/グウ
訓:みや
意:
閣
音:カク
訓:たかどの
意:
楼
音:ロウ
訓:たかどの
意:2階建て以上の建物
寮
音:リョウ
訓:つかさ
意:役人の役宅/同種の人々が集って住む建物
邸
音:テイ
訓:やしき
意:
亭
音:テイ
訓:ちん
意:庭などの四阿(あずまや)
寓
音:グウ
訓:やどり
意:自分の住まいを呼ぶ謙遜語
舎
音:シャ
訓:いえ
意:
廊
音:ロウ
訓:ほそどの
意:細長い建物
軒
音:ケン
訓:のき/ひさし
意:
宅
音:タク
訓:すまい
意:
戸
音:コ
訓:と
意:出入口
小屋
音:ショウオク
訓:
意:ちいさな家
廟
音:ビョウ
訓:やしろ
意:祖先などを祀るおおきな建物
社
音:シャ
訓:やしろ
意:主に自国のカミを祀る建物
祠
音:シ
訓:ほこら
意:カミを祀る比較的小さな建物
牢
音:ロウ
訓:かこい
意:牛馬を囲って入れる建物/堅固な囲いのある建物
2018年12月7日金曜日
2018年12月2日日曜日
平成31(2019)年1月の例会会場が決まりました〔佃〕
| [2019年 1月19日(土)13:00~17:00の例会の会場] 中央区佃区民館 5号室和室(定員30名) 〒104-0051 東京都中央区佃二丁目17番8号 | ||
| http://www.tafuka.co.jp/tokyo_chuo/tsukishima_tsukuda.html の予約完了しました。 |
東京メトロ有楽町線
都営地下鉄大江戸線
月島駅下車 4番出口 徒歩1分
都バス「門33亀戸駅-豊海水産埠頭」月島駅下車 徒歩2分
*「『佃』区民館」ですが、「月島駅」の北のほぼ真上です。
2018年11月4日日曜日
たまには「マトモ」な建物も見たいので…
■これまで…
思い返せば30年以上「欠陥住宅」なるものとお付き合いしていたのですが、ここ5年ほど前から、そろそろ、マトモな建築物と「も」お付き合いがしたくなってきていました。
幸い、一昨年ころから、三田用水という江戸時代から昭和40年代まで東京南部を流れていた用水の研究がご縁で、東京都渋谷区にある重要文化財旧朝倉家住宅についての、地元の方々による保存と活用に関する勉強会にお付き合いするようになったことから、文化財建築物の構造とか耐震補強について、少し本格的に調べてみなければ、と思い立ちました。
■といっても…
茅葺農家とか寺社については、大げさにいえば「いくらでも」文化財建築物はあるのですが、現代の一般住宅の源流、それも「町家〔まちや〕造り」と呼ばれる和風建築物の重文クラスの建物はそれほど数が多くはありません。
また、重文クラスの建築物に「手を入れた」ときには、その報告書が作られるのですが、その発行部数はおそらく数100部、せいぜい推定で最大1000部程度。と、いうことは、そのほとんどが、関係機関の書庫に眠ることになり、我々のような「アウトサイダー」がアクセスできるマーケットには、なかなか現れません。
■結局…
■そのため…
当初は、重文クラスの建物の資料は当面あきらめて、比較的入手しやすい、自治体レベルの文化財などについての報告書を、細々ながら集めてはいたのです。
とりあえず書庫から手近に取り出せた資料を例示すると
・かつては「青べか物語」で、今では液状化で有名な、千葉県浦安市の
「浦安の町家●旧宇田川家住宅修理工事報告書〔浦安市文化財修理報告 第一集〕」
同市教育委員会/〔増補版〕H10/02/27・刊
「漁師の家 旧吉田家賃貸住宅/魚屋 旧太田家住宅/たばこや 旧本澤家住宅 浦安市郷土博物館移築民家三棟修理工事報告書〔浦安市文化財修理報告 第十六集〕」
同市教育委員会/郷土博物館/H14/03・刊
【181121追加】
「浦安の三軒長屋 旧内田喜一氏氏所有3軒長屋修理工事報告書〔浦安市文化財修理報告 第十五集〕」同市教育委員会/郷土博物館/H14/03・刊
・国の史跡クラスだと
「旧島松駅逓所保存修理工事報告書」
北海道札幌郡広島町/H30/03・刊
※あのクラーク先生が農学校の学生と最後の別れを告げた場所です
など。
■なぜ…
この種の報告書が欲しいのかというと、現代の住宅にもつながる「はず」の、建物の構造についての「先人の知恵」を知りたいからです。
普通の建物を調べるなら、欠陥住宅の調査が典型ですが、床下や小屋裏〔屋根裏〕を覗き込んだり、果ては入り込んだりして、躯体〔骨組み〕の構造を調べたり、柱と梁がどうつながっているかを見ることが必要ですし可能です。
たとえ文化財建築物と「いえども」というより長い間保たれていた「だけに」、その躯体が、長い年月の間、そこに住んでいたり出入りしていた人々の命を地震や強風から護ってきたのですから同様なのですが、この種の建築物の場合、勝手に床下や小屋裏を覗き込むことは不可能です。
しかし、そのあたりが判らないのであれば、たとえ現地に行っても、当方にとっては「ただの家褒め」でしかなく(「見た目」はどうでもよいとまでは言いませんが「二の次」ですので)「交通費と時間の無駄遣い」に終わってしまうことが必定です。
このように、そのような場所に行くからには、「ここが見たい」というポイントを決めてから行く必要がありますので、その基礎資料を事前にみておくことがある意味不可欠なのです。
■しかし…
今年になって、ネットオークションに、本当にお宝ものの報告書が出品されるようになり、ほとんど狂喜乱舞状態で入手するようになりました
以下、入手順に
●重要文化財金剛寺 不動堂/仁王門 修理工事報告書
同修理委員会/S30/06・刊
東京都日野市・所在/康永元(1342)年(堂)推定江戸中期(門)・築
*要するに高幡不動の「お不動さん」のおわす(精確には「おわした」)お堂とその前面の山門
室町期創建の寺院ですので、現代の一般住宅とは縁遠いのですが、
この保存修理のときに、堂についていた江戸時代の飾り物をすべて引きはがして、創建時の室町時代の姿に戻したことが有名で、文化財の「復原修理」の考え方を知る資料として貴重なこと
京王線沿線にあってもともと心理的に身近なお寺さんで、今年の正月にお参りをかねて視察してきたこと
オークションのタイトルは「金剛寺」とあるのみのために、あの「高幡不動」と気づく人がいなかったようで、高騰を免れたこと
から落札できました。
●重要文化財 旧下ヨイチ運上家保存修理工事報告書
余市町(北海道)/S55/03・刊
北海道余市郡余市町入船町10番地・所在/嘉永6(1853)年・築
*交易所と松前藩の出先機関を兼ねたような用途に使われていた建物で、構造的には町家の系統を汲む現代住宅につながること
北海道では数少ない重文建築物であること
から入手
●重要文化財 熊谷家住宅主屋ほか五棟保存修理工事報告書
島根県大田市/H17/12・刊
島根県大田市大森町・所在/享和元(1801)年~・築
*世界遺産岩見銀山の中心地の一つ大森町にある豪商の店舗兼住宅
唐突に出品され、清水の舞台ものでしたが落札しました。
2分冊の厚さ5センチほどの報告書で、広大な店舗併用住宅に加え附属建物の藏など4棟のデータもあるので「読みで」というか「眺めで」があります。
■最後の…
熊谷家住宅のある、島根は家内の出身地。
また、その親類も大勢いる大田市の重文ということで、かねてから注目し探していた報告書でした(工事報告書ではないのですが、この熊谷家住宅については永く探している文献がほかにあるものの、それは未だに浮上してきません)。
とくに、比較的最近の修理工事だけに、兵庫県南部地震地震以降文化庁(さらには、会計検査院までもが*)力を入れている耐震化について、本文篇の巻末近くの「構造基礎診断及び構造補強計算書」は、文化財建築物の「いわゆる耐震補強」の考え方や手法を知るうえでありがたい資料でした。
*読売新聞平成30年10月21日朝刊39面
国宝・重文「耐震に疑義」380棟放置
検査院調べ 正式診断行わず
文化庁に改善要請
しかし、その主屋は、店舗併用住宅の範疇にあるとはいえ大規模過ぎて、先の旧朝倉家住宅のお手本としてはいわば「的がデカ過ぎる」。
というわけで、もう少し「手ごろ」というか「小規模」な建物の報告書を探している折に出品されたのが、
●重要文化財 小坂家住宅修理工事報告書
小坂良治/S58/11/30・刊
岐阜県美濃市2267番地・所在/安永元(1772)年ころ・築
でした。
【181121追加】
●重要文化財旧犬養家住宅修復工事報告書
岡山県/H04/03・刊
犬養木堂こと毅元首相の生家で、天保期(1830-1843)以前に建築されたと推定されている。
代々庄屋、大庄屋をつとめた家であり、桁や梁に製材された木材が多用されているほか、それらの仕口も現代につながる仕様の部分が多いので、参考になりそうである。
【181204追加】
●重要文化財旧太田脇本陣林家住宅 主屋・質倉 表門・借物倉 修復工事報告書
同住宅修理委員会/S60/12・刊
美濃加茂市所在の、幕末には中山道51番目の宿場である太田宿の脇本陣かつ庄屋・惣年寄をつとめていた、代々質屋・味噌屋・醤油屋を営んでいた旧家であり、桁に製材された木材を使用しているほか、丸太梁も表面が滑らかに仕上げられていて、現代の住宅に連なる町家造りの建物で、主屋は明和6(1769)年に建てられている。
■暇をみて…
読み込むのは、まだ先ですけど、熊谷家住宅のような構造補強にかかわるデータがあるとよいのですが。
思い返せば30年以上「欠陥住宅」なるものとお付き合いしていたのですが、ここ5年ほど前から、そろそろ、マトモな建築物と「も」お付き合いがしたくなってきていました。
幸い、一昨年ころから、三田用水という江戸時代から昭和40年代まで東京南部を流れていた用水の研究がご縁で、東京都渋谷区にある重要文化財旧朝倉家住宅についての、地元の方々による保存と活用に関する勉強会にお付き合いするようになったことから、文化財建築物の構造とか耐震補強について、少し本格的に調べてみなければ、と思い立ちました。
■といっても…
茅葺農家とか寺社については、大げさにいえば「いくらでも」文化財建築物はあるのですが、現代の一般住宅の源流、それも「町家〔まちや〕造り」と呼ばれる和風建築物の重文クラスの建物はそれほど数が多くはありません。
また、重文クラスの建築物に「手を入れた」ときには、その報告書が作られるのですが、その発行部数はおそらく数100部、せいぜい推定で最大1000部程度。と、いうことは、そのほとんどが、関係機関の書庫に眠ることになり、我々のような「アウトサイダー」がアクセスできるマーケットには、なかなか現れません。
■結局…
住宅しかも農家以外となると、
・比較的新しいので、報告書を作成するレベルの「手を入れる」事態になることが少なく、したがって、報告書自体が少ない
・報告書が、先に書いた理由から、一般社会に出回ることが少ない
ので、アウトサイダーにとっては絶望的な状態だったのです。
■そのため…
当初は、重文クラスの建物の資料は当面あきらめて、比較的入手しやすい、自治体レベルの文化財などについての報告書を、細々ながら集めてはいたのです。
とりあえず書庫から手近に取り出せた資料を例示すると
・かつては「青べか物語」で、今では液状化で有名な、千葉県浦安市の
「浦安の町家●旧宇田川家住宅修理工事報告書〔浦安市文化財修理報告 第一集〕」
同市教育委員会/〔増補版〕H10/02/27・刊
「漁師の家 旧吉田家賃貸住宅/魚屋 旧太田家住宅/たばこや 旧本澤家住宅 浦安市郷土博物館移築民家三棟修理工事報告書〔浦安市文化財修理報告 第十六集〕」
同市教育委員会/郷土博物館/H14/03・刊
【181121追加】
「浦安の三軒長屋 旧内田喜一氏氏所有3軒長屋修理工事報告書〔浦安市文化財修理報告 第十五集〕」同市教育委員会/郷土博物館/H14/03・刊
・国の史跡クラスだと
「旧島松駅逓所保存修理工事報告書」
北海道札幌郡広島町/H30/03・刊
※あのクラーク先生が農学校の学生と最後の別れを告げた場所です
など。
■なぜ…
この種の報告書が欲しいのかというと、現代の住宅にもつながる「はず」の、建物の構造についての「先人の知恵」を知りたいからです。
普通の建物を調べるなら、欠陥住宅の調査が典型ですが、床下や小屋裏〔屋根裏〕を覗き込んだり、果ては入り込んだりして、躯体〔骨組み〕の構造を調べたり、柱と梁がどうつながっているかを見ることが必要ですし可能です。
たとえ文化財建築物と「いえども」というより長い間保たれていた「だけに」、その躯体が、長い年月の間、そこに住んでいたり出入りしていた人々の命を地震や強風から護ってきたのですから同様なのですが、この種の建築物の場合、勝手に床下や小屋裏を覗き込むことは不可能です。
しかし、そのあたりが判らないのであれば、たとえ現地に行っても、当方にとっては「ただの家褒め」でしかなく(「見た目」はどうでもよいとまでは言いませんが「二の次」ですので)「交通費と時間の無駄遣い」に終わってしまうことが必定です。
このように、そのような場所に行くからには、「ここが見たい」というポイントを決めてから行く必要がありますので、その基礎資料を事前にみておくことがある意味不可欠なのです。
■しかし…
今年になって、ネットオークションに、本当にお宝ものの報告書が出品されるようになり、ほとんど狂喜乱舞状態で入手するようになりました
以下、入手順に
●重要文化財金剛寺 不動堂/仁王門 修理工事報告書
同修理委員会/S30/06・刊
東京都日野市・所在/康永元(1342)年(堂)推定江戸中期(門)・築
*要するに高幡不動の「お不動さん」のおわす(精確には「おわした」)お堂とその前面の山門
室町期創建の寺院ですので、現代の一般住宅とは縁遠いのですが、
この保存修理のときに、堂についていた江戸時代の飾り物をすべて引きはがして、創建時の室町時代の姿に戻したことが有名で、文化財の「復原修理」の考え方を知る資料として貴重なこと
京王線沿線にあってもともと心理的に身近なお寺さんで、今年の正月にお参りをかねて視察してきたこと
オークションのタイトルは「金剛寺」とあるのみのために、あの「高幡不動」と気づく人がいなかったようで、高騰を免れたこと
から落札できました。
●重要文化財 旧下ヨイチ運上家保存修理工事報告書
余市町(北海道)/S55/03・刊
北海道余市郡余市町入船町10番地・所在/嘉永6(1853)年・築
*交易所と松前藩の出先機関を兼ねたような用途に使われていた建物で、構造的には町家の系統を汲む現代住宅につながること
北海道では数少ない重文建築物であること
から入手
●重要文化財 熊谷家住宅主屋ほか五棟保存修理工事報告書
島根県大田市/H17/12・刊
島根県大田市大森町・所在/享和元(1801)年~・築
*世界遺産岩見銀山の中心地の一つ大森町にある豪商の店舗兼住宅
唐突に出品され、清水の舞台ものでしたが落札しました。
2分冊の厚さ5センチほどの報告書で、広大な店舗併用住宅に加え附属建物の藏など4棟のデータもあるので「読みで」というか「眺めで」があります。
■最後の…
熊谷家住宅のある、島根は家内の出身地。
また、その親類も大勢いる大田市の重文ということで、かねてから注目し探していた報告書でした(工事報告書ではないのですが、この熊谷家住宅については永く探している文献がほかにあるものの、それは未だに浮上してきません)。
とくに、比較的最近の修理工事だけに、兵庫県南部地震地震以降文化庁(さらには、会計検査院までもが*)力を入れている耐震化について、本文篇の巻末近くの「構造基礎診断及び構造補強計算書」は、文化財建築物の「いわゆる耐震補強」の考え方や手法を知るうえでありがたい資料でした。
*読売新聞平成30年10月21日朝刊39面
国宝・重文「耐震に疑義」380棟放置
検査院調べ 正式診断行わず
文化庁に改善要請
しかし、その主屋は、店舗併用住宅の範疇にあるとはいえ大規模過ぎて、先の旧朝倉家住宅のお手本としてはいわば「的がデカ過ぎる」。
というわけで、もう少し「手ごろ」というか「小規模」な建物の報告書を探している折に出品されたのが、
●重要文化財 小坂家住宅修理工事報告書
小坂良治/S58/11/30・刊
岐阜県美濃市2267番地・所在/安永元(1772)年ころ・築
でした。
【181121追加】
●重要文化財旧犬養家住宅修復工事報告書
岡山県/H04/03・刊
犬養木堂こと毅元首相の生家で、天保期(1830-1843)以前に建築されたと推定されている。
代々庄屋、大庄屋をつとめた家であり、桁や梁に製材された木材が多用されているほか、それらの仕口も現代につながる仕様の部分が多いので、参考になりそうである。
【181204追加】
●重要文化財旧太田脇本陣林家住宅 主屋・質倉 表門・借物倉 修復工事報告書
同住宅修理委員会/S60/12・刊
美濃加茂市所在の、幕末には中山道51番目の宿場である太田宿の脇本陣かつ庄屋・惣年寄をつとめていた、代々質屋・味噌屋・醤油屋を営んでいた旧家であり、桁に製材された木材を使用しているほか、丸太梁も表面が滑らかに仕上げられていて、現代の住宅に連なる町家造りの建物で、主屋は明和6(1769)年に建てられている。
■暇をみて…
読み込むのは、まだ先ですけど、熊谷家住宅のような構造補強にかかわるデータがあるとよいのですが。
2018年9月2日日曜日
平成30年10月20日の例会会場が人形町に決まりました
平成30年10月20日(土) 午後1時~5時
東京都中央区日本橋人形町二丁目14番5号
中央区人形町区民館 2号室 洋室
https://www.meccs.co.jp/shiteikanri/chuo/hall/ningyocho.html
水天宮から1分
人形町からも最短3分
と交通至便。
地図は、上のリンクから。
東京都中央区日本橋人形町二丁目14番5号
中央区人形町区民館 2号室 洋室
https://www.meccs.co.jp/shiteikanri/chuo/hall/ningyocho.html
水天宮から1分
人形町からも最短3分
と交通至便。
地図は、上のリンクから。
2018年6月1日金曜日
平成30年7月の例会会場が決まりました(今回は佃です)
| [平成30年 7月21日(土)13:00~17:00の例会の会場] 中央区佃区民館 5号室和室(定員30名) 〒104-0051 東京都中央区佃二丁目17番8号 | ||
| http://www.tafuka.co.jp/tokyo_chuo/tsukishima_tsukuda.html の予約完了しました。 |
東京メトロ有楽町線
都営地下鉄大江戸線
月島駅下車 4番出口 徒歩1分
都バス「門33亀戸駅-豊海水産埠頭」月島駅下車 徒歩2分
*「『佃』区民館」ですが、「月島駅」の北のほぼ真上です。
2018年5月2日水曜日
欠陥住宅を正す会 平成30年総会のお知らせ
下記のとおり開催いたしたいと存じますので、ご参集の程お願い申し上げます。
記
5月19日(土)午後1時~4時30分(午後2時30分までは相談会)
東京都世田谷区北沢2-8-18 北沢タウンホール2階第1集会室
小田急線:新宿から急行7分/京王井の頭線:渋谷から急行5分
下北沢駅北口から徒歩5分
案内図は、こちら
連絡先:
〒100-6311
東京都千代田区丸の内2-4-1
丸ビル1111
丸ビル綜合法律事務所内
弁護士 木 村 孝
TEL.:03-3211-7386
FAX.:03-3211-0961
E-mail:baumdorf@mblaw.jp
連絡用Brog:http://defectarchityo.blogspot.jp/
ご連絡は、なるべくFAXかメールで、また、メールの場合は、表題に[正す会]とご記入いただければ幸いです。
2018年2月5日月曜日
【重要】平成20年3月の例会日が変更になります。
当会の例会については、奇数月の第三土曜日に開催するのが慣例ですが、
あいにく、3月17日の会場の確保ができませんでした。
そのため、
平成20年3月の例会は
3月10日(第2土曜日)
中央区佃区民館
で開催することとさせていただきます。
詳細は、3月はじめに改めて掲示いたします。
あいにく、3月17日の会場の確保ができませんでした。
そのため、
平成20年3月の例会は
3月10日(第2土曜日)
中央区佃区民館
で開催することとさせていただきます。
詳細は、3月はじめに改めて掲示いたします。
2018年2月3日土曜日
平成30年5月19日の総会会場が「シモキタ」に決まりました。
来る5月19日開催予定の本年度の総会会場として
平成28年の総会でも使用した
平成28年の総会でも使用した
世田谷区の下北沢の「北沢タウンホール」
2階の第1集会室を
午後1時から4時30分まで
確保しました。
ご承知のとおり
・下北沢駅まで、渋谷からも新宿からも急行なら約5分
・駅からタウンホールまでも5分以内
です。
・下北沢駅まで、渋谷からも新宿からも急行なら約5分
・駅からタウンホールまでも5分以内
です。
2018年1月6日土曜日
建築基準法の前身は?
■今日の今日まで…
現在の建築基準法(昭和25年(1950)法律第201号)の前身は、市街地建築物法(大正8年(1919)法律第37号)〔以下「物法」〕*1だとばかり思い込んでいた*2。
*1 http://www2.ashitech.ac.jp/arch/osakabe/semi/hourei.html
*2 もっとも、学校の校舎については、昭和9年12月に、同年9月の室戸台風による教師と児童の多大な犠牲を受けて「学校営繕ならびに保全に関する訓令」が制定されて、構造強度の強化が図られ、これが同11年9月に制定された物法の特別法である「特殊建築物規則」に取り入れられている。http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317687.htm)
■しかし…
今日になって、それ以前の時期でも、(いずれも当時は内務省隷下の国家機関だった)警視庁や道府県の地方警察命令によって、主として住宅の衛生面について様々な規制が府県単位で行われていたことがわかった*3。
その先駆けは明治19年5月14日付の大阪府令甲75号「長屋取締規則」といわれているが、東京の場合は、20年ほど遅れた明治40年1月19日付警視庁令第3号「長屋構造制限」がその始まりのようである*4。
*3 斉藤和夫・赤崎弘平公平「明治期建築規制関係地方令規が期待した住宅建築の環境条件に関する研究」p.5
<www.jusoken.or.jp/pdf_paper/1986/8514-0.pdf>
*4 この警視庁令は、明治42年8月18日の大阪府令第74号「建築取締規則」が踏襲したようであるが、床下の高さについて東京は一尺以上と規定しているのに対し、大阪では高さ一尺五寸以上に制限していたとのことである。
村島生「ドン底通信 (1-14)」大阪毎日新聞 1917.12.1-1917.12.17 (大正6)
<http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10065836&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1>
■この種の規則は…
主として、日照・通風などの面で劣悪な住環境となりがちな、いわゆる「裏長屋」の衛生面に対する配慮によるらしいことは、警視庁令の3条の規定
第三条①長屋の構造は左の制限に従ふべし。但し土地の状況又は構造の方法に依り本条に依り難きときは予め所轄警察署長の認可を受くべし。
一、 一棟の戸数は十二戸以内たるべきこと
二、 幅九尺以上の通路に面せしむること
三、 屋後及び側面には幅三尺以上の空地を存すること
四、 床下の地盤は前面の通路面より高からしむること
五、 敷地の土質不潔なるときは更に盛土をなすこと
六、 建物の土台下には支石を布置すること
七、 床下の周囲には適当なる換気設備を為すこと
八、 住屋の床は地盤上高さ一尺以上たらしむること
九、 床板は容易に取外し得る様施工すること
十、 住室の天井は床上高さ七尺以上たらしむること
十一、屋根には軒樋及竪樋を設くること
十二、一戸毎に出入口の外適当の換気採光設備を為すこと
十三、共同便所を設くるときは前面の軒下以外に於て少くも六戸に一箇所を設くること。
但し共同便所には尿槽を附設するを要す
②衛生上特に必要と認むる揚合は地域を指定し前項以外の制限を命ずることあるべし
とあることからもわかるが、火災による被害の軽減や伝染病に対する防疫にも有益な規定も見られる。
現在の建築基準法(昭和25年(1950)法律第201号)の前身は、市街地建築物法(大正8年(1919)法律第37号)〔以下「物法」〕*1だとばかり思い込んでいた*2。
*1 http://www2.ashitech.ac.jp/arch/osakabe/semi/hourei.html
*2 もっとも、学校の校舎については、昭和9年12月に、同年9月の室戸台風による教師と児童の多大な犠牲を受けて「学校営繕ならびに保全に関する訓令」が制定されて、構造強度の強化が図られ、これが同11年9月に制定された物法の特別法である「特殊建築物規則」に取り入れられている。http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317687.htm)
■しかし…
今日になって、それ以前の時期でも、(いずれも当時は内務省隷下の国家機関だった)警視庁や道府県の地方警察命令によって、主として住宅の衛生面について様々な規制が府県単位で行われていたことがわかった*3。
その先駆けは明治19年5月14日付の大阪府令甲75号「長屋取締規則」といわれているが、東京の場合は、20年ほど遅れた明治40年1月19日付警視庁令第3号「長屋構造制限」がその始まりのようである*4。
*3 斉藤和夫・赤崎弘平公平「明治期建築規制関係地方令規が期待した住宅建築の環境条件に関する研究」p.5
<www.jusoken.or.jp/pdf_paper/1986/8514-0.pdf>
*4 この警視庁令は、明治42年8月18日の大阪府令第74号「建築取締規則」が踏襲したようであるが、床下の高さについて東京は一尺以上と規定しているのに対し、大阪では高さ一尺五寸以上に制限していたとのことである。
村島生「ドン底通信 (1-14)」大阪毎日新聞 1917.12.1-1917.12.17 (大正6)
<http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10065836&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1>
■この種の規則は…
主として、日照・通風などの面で劣悪な住環境となりがちな、いわゆる「裏長屋」の衛生面に対する配慮によるらしいことは、警視庁令の3条の規定
第三条①長屋の構造は左の制限に従ふべし。但し土地の状況又は構造の方法に依り本条に依り難きときは予め所轄警察署長の認可を受くべし。
一、 一棟の戸数は十二戸以内たるべきこと
二、 幅九尺以上の通路に面せしむること
三、 屋後及び側面には幅三尺以上の空地を存すること
四、 床下の地盤は前面の通路面より高からしむること
五、 敷地の土質不潔なるときは更に盛土をなすこと
六、 建物の土台下には支石を布置すること
七、 床下の周囲には適当なる換気設備を為すこと
八、 住屋の床は地盤上高さ一尺以上たらしむること
九、 床板は容易に取外し得る様施工すること
十、 住室の天井は床上高さ七尺以上たらしむること
十一、屋根には軒樋及竪樋を設くること
十二、一戸毎に出入口の外適当の換気採光設備を為すこと
十三、共同便所を設くるときは前面の軒下以外に於て少くも六戸に一箇所を設くること。
但し共同便所には尿槽を附設するを要す
②衛生上特に必要と認むる揚合は地域を指定し前項以外の制限を命ずることあるべし
とあることからもわかるが、火災による被害の軽減や伝染病に対する防疫にも有益な規定も見られる。
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