末尾の【参考文献】のそのまた末尾にある「5」の国民生活センター〔以下「国セン」〕のWebマガジンに「がけと擁壁」という原稿を投稿していたところ、旧知のK弁護士から
欠陥全国ネット 四日市大会(平成15年5月31日)
で「がけと擁壁について何か喋れ」とのオーダー。
そう言われても、実は、この国センのシリーズを執筆したのには、過去20年、具体的には兵庫県南部地震以来、のいわくがありました。
それは、
「こ(あ)れだけの建築物の被害があったのだから、これからは建築の先生方が、建築物の構造強度や地盤について、わかりやすく、かみ砕いた解説を続々と公表して下さるだろう」
との期待があったからです。
それというのも、欠陥住宅に関わる裁判で、弁護士は、物理あるいは技術の世界と法律の世界との「通訳」の役割をする必要があって、そのような「素人にも理解できる」解説があれば、いわば「技術の世界と法律の世界をつなぐ英和辞典」というか「古文書の訓み下し文」のように使うことができ、裁判所(裁判官も建築については原則素人です)に、こちらの主張を理解してもらうために非常に有用なのですが、従来は、それに値する文献がほとんどない状況だったからです。
つまり、このシリーズ中の多くは、建築の先生方が、書いて公表していただきたかったテーマだった、と、いうよりむしろ「兵庫県南部地震を受けて、建築の専門家が『書かなければいけない』」テーマなのです。
しかし、「待てど暮らせど」「これは」という「辞典」は現れず、あえていわせていただければ「期待は失望」に変わっていました。
そんな折、国センさんから、件のシリーズの原稿のご依頼があったの契機に、一つの決断をしました。
「誰も書いてくれないのなら、しかたないので、過去4半世紀の『門前の小僧』の経験を最大限に活用して
『建築の素人の、素人による、素人のための解説』
を書こう」。
(「決断」というのは、これを書く本人にとってはある意味「リスキー」だからです。なぜなら、他人が書いた文章なら裁判でも「証拠」に使えるのですが、自分が書いたものだと「主張」つまりは別途証拠によって裏付けする必要のある「言い分」にしか使えないのです。実は)
ということから「法律的には勿論として、技術的にも過去の知見と新たな調査の結果からまず間違いがないだろうと確信できる範囲」でまとめたのが、このシリーズでした。
とはいえ、欠陥全国ネットは、弁護士だけでなく建築専門家も加わって構成されている団体です。以下のアーティクルを読めばお分かりのとおり、この問題は、法律の問題というより、「がけ」の危険性の判断にしても安全な擁壁の設計にしても、その根拠を含めて、元を質せば「物理法則」の問題なのですから
「それなら建築の先生に話していただいた方がよいのではないか」
とK弁護士に答えたのですが…
K弁護士によれば
「がけと擁壁について、法律的な観点から話せ」
とのオーダー。
法律論と言われるとお断りもできないのでお引受けしたものの、この問題、本文のとおり物理的には理屈が単純明快なため、引き受けた本人の方も、それまでは、物理的に考えて「こんなのアウトに決まってるじゃん」とか「これアヤシ~ィ」といった思考回路でしたので、あらためて「法律的」な裏付けを順序立てて説明するのは、結構大変な作業になってしまいました。
でも、突き詰めて調べてみると、法律のルールも、結論的には
「物理法則にてらしてダメなものは、ダメ」
と言っていることが分かったのですから、まぁ「やってみて、よかった」。
〔以下本文〕
「がけ」と擁壁 ―法的ルールとその原理―
1 「がけ」についての「ポータル条項」
建築基準法
第19条(敷地の衛生及び安全)
④ 建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない。
「がけ崩れ『等』」とあるので、文言上「敷地」の、「建築物」に人の「生命、健康及び財産」にかかわる「被害」を生じさせる「おそれ」のある変状(「がけ崩れ」は典型例で、他の「地盤災害」たとえば「地すべり」、「液状化」、「地盤沈下」なども含む)すべてに適用されると解すべきことになる。
2 そもそも「がけ」とは?
2.1 「がけ」の定義
建基法令にはなく、解釈の問題であるが、その基本は「物理の法則」に求められる。
→宅地造成等規制法施行令1条2項
「地表面が水平面に対し30度を超える角度をなす土地」
→条例によるルールもほぼ同趣旨
Ex.神奈川県建築基準条例2条の3
東京都建築安全条例6条1項(「がけ高」の定義)
2. 2 「がけ」の定義の根拠
いわゆる「安息角」つまり、外力が加わらなければ崩れない状態の最大の角度は
粘性土⇒約30度
砂質土⇒約45度
であり、岩盤では90度以上でも安全な場合はありうるが、「たとえどんな土質であっても」という観点から、安全側に割り切ると「30度」となる。
3 「がけ」と建築物
3.1 「『物理の法則』どおりのルール」の典型例
神奈川県建築基準条例3条(抜粋)
〈 http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/168956.pdf〉
(がけ附近の建築物)
第3条 高さ3メートルを超えるがけの下端(がけの下にあっては、がけの上端)からの水平距離が、がけの高さの2倍以内の位置に建築物を建築し、又は建築物の敷地を造成する場合(…)には、がけの形状若しくは土質又は建築物の位置、規模若しくは構造に応じて、安全な擁壁を設けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する部分については、この限りでない。
(1)がけの形状又は土質により安全上支障がない部分
(2)…
2 前項の規定は、がけの上に建築物を建築する場合において、当該建築物の基礎ががけに影響を及ぼさないとき、又はがけの下に建築物を建築する場合において、当該建築物の主要構造部(…)を鉄筋コンクリート造とし、又はがけと当該建築物との間に適当な流土止めを設けたときは、適用しない。
3.1 「擁壁」を設けないで済むかどうかの判断の手順
Step 1: 「『がけ』の形状又は土質により安全上支障がない」ことを確認する(1項但し書き1号)
たとえば、砂質土、岩盤などであることを確かめる
土質に応じた安息角の目安
→ 宅地造成規正法施行令6条別表第1 ただし切土に限る
Step 2: 「『がけ』の形状又は土質により安全上支障がある」ときは
(1)がけ上の建築物について
建物による荷重が「がけ」に届かないようにする(2項前段)
「建築物の基礎ががけに影響を及ぼさない」
(2)がけ下の建築物について
「がけ」が崩れることを前提として対処する(2項後段)
=崩れても建物が壊れないようにする
「建築物の主要構造部(…)を鉄筋コンクリート造と」する
「がけと当該建築物との間に適当な流土止めを設け」る
ようにする
3.3 もっとも…
宅地とくに住宅密集地での土地の有効利用や使い勝手からは、原則どおり、「安全な擁壁」を設ける(3条1項本文)が最も現実的な対処といえる。
4 「安全な擁壁」とは
4.1 「擁壁」の法的ルールとして(概略は「【別表】擁壁に関する法的ルールの概要」参照)
建築基準法に
法88条1項→令138条5号→令142条
→建設省告示第1449号(平成12年5月31日)
「煙突、鉄筋コンクリート造の柱等、広告塔又は高架水槽等及び擁壁並びに乗用エレベーター又はエスカレーターの構造耐力上の安全性を確かめるための構造計算の基準を定める件」
第3 令第138条第1項第五号に掲げる擁壁の構造計算の基準は、宅地造成等規制法施行令(昭和37年政令第16号)第7条に定めるとおりとする。【註:後述】ただし、次の各号のいずれかに該当する場合にあっては、この限りでない。
一 宅地造成等規制法施行令第6条第1項各号の一に該当するがけ面に設ける擁壁
二 土質試験等に基づき地盤の安定計算をした結果がけの安全を保つために擁壁の設置
が必要でないことが確かめられたがけ面に設ける擁壁
三 宅地造成等規制法施行令第8条(註:仕様規定)に定める練積み造の擁壁の構造方法に適合する擁壁
四 宅地造成等規制法施行令第15条の規定に基づき、同令第6条から第10条までの規定による擁壁と同等以上の効力があると建設大臣が認める擁壁
との規定があるので、それだけに目が行きがちになり、ここから「高低差2メートル以下なので擁壁は不要」といった「誤読」が生まれることになる。
しかし、これらの規定は、文言上からも、
・高さが2メートル(註:上下の地盤の高さの差をいう)を超える擁壁にについて、一定の構造計算ないし仕様の遵守と確認手続きを義務付ける規定で
・「どのような場合に擁壁を設けなければならないか」を規定するものではない
cf .宅地造成等規制法
高低差 盛土:1mその他:2m
都市計画法(開発行為)
高低差 盛土:1mその他:2m
・まして、高さ2メートル以下のがけについて
擁壁を設けなくてもよい とか
どのような擁壁を設けてもよい
などとは一言も言っていない
4.2 結局、いわば「擁壁築造義務」についての
建築基準法令上の「ポータル条項」も…
やはり、建築基準法19条4項、つまり
「建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない。」
とのルールなあのであって、擁壁は、
・「がけ崩れ…による被害」をうけるおそれがあり、
・擁壁を設けるほかに、これを解消できる適切な方法がない
場合は、高さにかかわらず「安全上適当」なものを設ける必要があるということになる。
∴ 高さにかかわらない。
2mを超えない擁壁については、
構造計算と確認手続きが義務付けられていないだけで
「安全上適当」なものである必要がある
と解すべきことになる。
4.3 「安全上適当な擁壁」とは
(1) 壊れない=擁壁の「強度」
(2) コケない=擁壁の「安定性①」
(3) ズレない=擁壁の「安定性②」
(4) 沈まない=擁壁の「安定性③」
の全てを満たす擁壁をいう。
宅地造成等規制法施行令7条参照
(建築基準法冷上建設省告示第1449号で準用(前述)、都市計画法施行規則27①Iも同旨)
4.4 擁壁のタイプと必要な性能
どのタイプにしても、上記の「強度」と「安定性」を満たしつつ、下記の「土圧」を支え切る必要がある。
:「支えなければならない土圧等の荷重が単純」(上記公式)
+
・「原理が明確」(下図。とくにRC擁壁の場合)
なので、「土質」と「高さ」が確定すると、構造+必要な地盤の支持力が決まることになる。
そのため、各自治体などで、「擁壁標準図」が作られ、インターネットなどでも公開されている。
5 「危ない」擁壁とは
5.1 原理的には「危ない」擁壁=上記「原理」から外れた擁壁…
ということになるが、いわゆる「アタリの付け方」としては、
上記の「標準擁壁図からサイズや鉄筋の量など強度の面で大きく外れた擁壁」かどうかで見当を付けることができる。
5.2 その他、問題の生じることが多い擁壁の実例としては
・ 底版の(足り)ない擁壁→原理的に、「倒れる」か「ズレる」
擁壁の「滑動」を防いでいるのは、主として底版と地盤との摩擦なので底版の面積が足りないと、「ズレる」ことになる。
また、L字型、T字型のRC擁壁では「転倒」を防ぐ力も底版上の土の荷重から得ているので、底版の面積が足りないと「コケ」やすく
なる。
・ 強度不足の擁壁→原理的に、「壊れる」
コンクリートブロック積みなど、もともと強度が不足している場合だけでなく、擁壁の形や構造は標準擁壁図に適合していても、水抜き穴がない場合は、本来支えるべき土圧に加えて豪雨時等に土の中の水の圧力が加わると結果的に強度不足となって、壊れたり変形したりしやすくなる。
・ 増し積み擁壁→原理的に、「何が起こってもおかしくない」
下の①のような擁壁の上に、②の図のように別の擁壁を載せたもので、もとあった擁壁は、その時点での内側の土の荷重に対応するよう設計されているのが通常なので、そこに新たな土の荷重が加わると、安定性が失われる可能性が高くなる。
また、新旧の擁壁の接合部を一体のものとすることはまず不可能なので、強度の面でも不足することになる。
| 論文「兵庫県南部地震による宅地擁壁被害の特徴と原因」(沖村孝・外 1999年) 〈 https://www.jsce.or.jp/library/eq10/proc/00037/637-0029.pdf〉 参照 |
6 おわりに
擁壁の多くは、隣地境界線のところにあり、その場合、調査するにしても、補修を行うにしても、隣地への立ち入りや使用が不可欠になるし、擁壁自体が隣地所有者の所有物であることもあり、このことが、擁壁をめぐるトラブル解決の法的、物理的な最大のネックとなることが多い。
【別表】
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【参考文献】
1 『2007年版 建築物の構造関係技術基準解説書』(国土交通省住宅局建築指導課ほか・監修2008年) pp.41・42、pp.210・211
2 『建築基礎構造設計指針』(日本建築学会 2001年)pp.353~372
3 『小規模建築物基礎設計指針』(日本建築学会2008年)pp.198~203、pp.227~
4 『新版 土と建築基礎の問答』(鈴木三郎 2001年)pp.196~228
5 国民生活センター・ホームページ>研修・資料・相談員資格>国民生活>住宅に関する相談事例を考える バックナンバー〈http://www.kokusen.go.jp/wko/data/bn-sjutaku.html〉 中、
「『 が け 』 と 擁 壁( 前 編 )」http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201304_09.pdf
「『 が け 』 と 擁 壁( 後 編 )」http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201305_12.pdf

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